成人してから幾度か幸せな日々を送れるよう努力してきた。
先月一つ歳をとったけど、昔と比べれば今は随分寂しい生活になったと思う。
かつての愛情はもうそこにはなく、
思い出は脳裏に焼きついていて思い出が自分の性格を構築している。
感情に動じなくなったかわりに、
「寂しさ」を感じる神経回路が希薄になってることに気がつく。
純粋な神経回路だったのだなと今さら思う。
人間や生物といふものは免疫細胞の集合体であると感じると、
私は人間の医者になりすぎてしまったのだと思う。
だけど神経回路の純粋さで大事で有りそれが若さであったり情熱であったり、
純粋な愛を信じることが大事な人の道であったはずだ。
私はその輝きこそ人の魅力で有ると思っている。
まっとうしてこなかった人は嫉妬に溺れている。
そうして、
愛を選ばなくなった人や愛を信じなくなった人が陥る不幸スパイラルが、
手にとるように解ってしまうようになった。
傷心のヤクザが言う
「素人の方が怖いよ」
なるほど、道理であると思える。
思いを貫く極道も怖いが、心変わりする素人は不純だと言えるのかも。
素人やルールのない人間関係ほど変化を迫られるやっかいな存在はない。
客観的に見て人間の群れとはそうやって社会病という病気を成しているようだ。
科学の進歩の理性的な社会の進歩に平民の智慧が追いつかず、
世の中は随分寂しい人間を増やしてることと思う。
どこにいても私は冷静だと言われるが、
間違いなくここ数年は病んでいた状態だったようだ。
過去の行動や文章を見ればそれが把握できるし、
近年の出来事を並べれば病んでいたとしか説明のしようがない。
だが慈しみはなく愛はなく、絆に救われる。
甘えたいにも関わらず、
甘えることよりも甘えられてばかりいる。
愛を与える側に徹してないとこの世界のバランスが悪いらしい。
糸の切れた凧のように皆ふわふわしている。
妥協すればそれも悪くないのかもしれない。
だけど心は強く知性を求めている。
それが本性なのだろう。
我思う、
強い思いや知性が愛の鍵だ。
人間はなんと複雑な免疫機能の集合体なのだろう。
肉体的反応は別として、今どんな事が起きても驚きはしない私の個性。
親しい人が亡くなっても動じることがなくなった。
たとえ眼の前で殺人が行われていても同様であろう。
悲しみはあるけど涙はない。
自分でも驚くほどに。
心の内が客観視すぎるのか感情というものを失いつつあるのだろう。
単純に歳をとったということかもしれないし、経験しすぎたのかもしれない。
探究心を追求すればするほど、欲情というものが冷めてしまった感である。
知性という欲求を掘り続けた結果、
欲求という本能も死に向かって進んでいるという欲求の因果関係を知ることがある。
自分をコントロールできるということほどつまらないものはないかもしれない。
感情をも支配してしまった知性なら嘆き悲しんでいるかもしれない。
失った情緒はなかなか元に戻らないのだろうか。
いつの日か思い出を懐かしむようになるのだろう。
いつの間にかこれが個性になってしまった。
悟りとは無に近づく性質が有り、
全ての物事を許容してしまう客観視に自我を損なう弊害があると思う。
自分は間違いなく生きているのだから、
活動する時は主観を個に戻さなければいけないと感じる。
そうして肉体の科学を思案する。
情熱や感情、自身の欲求を顧みて若返りを試みるところ、
姿、肌触り、覇気、若返るエッセンスを感じるところに、
よく出来た肉体だなと関心した。
ふと思う。
知れるところまで知ろうとする姿勢が、
神を知るところまで導くのかもしれない。
誤解されがちだが、私は何にも属してないし宗教者でもない。
神を知ることの幸福は説明のしづらいものだと痛感している。
それは半分冗談のように、
心の内のニュートラルをどこに置くかを定めるように、
知性の中心に据え置く大事なことのように思う。
「神様?いるんじゃねえのかなぁ?」
そんくらいに思ってるくらいが丁度よい。
人間は成長したり退化したりと変化する生き物である。
なにか据え置いた方が軸が乱れなくて良い。
少なくても社会性を守るためには。
社会学・生物学・量子物理学・医学・心理学、
様々に物事を理解する能力を満たした上で、
さらに理解力を磨いていくと理解する領域がある。
さらに誤解される言い方だが、
我々人間には魂やエネルギーの帰る場所が有る。
神について考えることが私にとって有意義なことだ。
さて、
闘病といっても、ストレス過多に起因する神経系がほとんど
「機能不全家庭」「失調症」に起因する
「精神分裂症」の症状がいくつかあったように思う。
ほかに集中力過多によるほかのことへの集中力散漫、
それなりに困難があったと思うが、
困難は神経の発達に役立ったと感じている。
かつての恋人やかつての友人にもいつかは訪れる悩みの時があるだろう。
私は私でこの命の続く限り、この無限を抱いて生きていたい。
私の存在も無限であることを知りえたのだから。
悲しみはたくさんあったけど、周囲は幸せに満ちているし、
私は発見を繰り返しながらそれなりにこの肉体を楽しむつもりで、
私は童心に返ろうと思いにふけてみる。
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