2008/11/30 不動明王

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あまり時間がなかったのだが

牧師様より、聖書の預言が汚されてることを知らされる。

天から降りてこないかぎり、信じる人が少ないのであたりまえだが、

ダニエル記、〜エル記、現実世界にこれから起こりうる出来事が予知されてきた。

牧師様は未だに議論され続けてる古書なのだという。


現行世界でも各国の国民性・志向性を分析していけば計る事ができると思うが、

予知能力そのものを否定するほど退化している社会なのかもしれない。

そのことを思索しながら太陽神との語らいの中で導かれた成田山へ御礼に向かう。

どの車両に乗ろうか、強い何かを感じて乗り込んだところ、

お通夜帰りの人が目の前に座っていた。脳波や空間分析のためにメモしておく。



成田山に着くと日曜日で人が多く静けさを得ることが叶わいと知ったが、

電車の中で聖書を読んでいると、睨みつけてくる人がいるのに対して、

寺院や神社の中では思いにふける行為が不自然に思われず気が軽い。

昨日の夜電車内で睨みつけてた彼はたしか20代前後、

世の常識というものの偏りは理解してるが、敬遠しておく。



平和タワーについて、不動明王殿らしき建物に入ると先客がいる。

瞑想の場に選んだので気にとめたくなかったが、

お願いがあってきた人であろう。しかし強い念を感じない。

さて、

思いにふける、いや半分は寝るつもり。

悟りについて思索しながら、

不動明王様に太陽神の示しを赦されたことを感謝し瞑想にふける。


なぜ私が知っているのかは謎になってしまうのだが、
仏教の神様は人の心が造り出した人格を持つのが多い。
仏法を学ばなかった恥ずかしさはあるが、
お坊さんが不動明王について説明にきたとき、


顔の左右非対称性と、歯の審美醜。
「これも導きであったのかもしれない」
調べたら如来様とも繋がりがある。

右手に握る剣は真理という名の武器かもしれない。
ならば左は何をしているのか、
何を掴んでいるのか、

その時コミュニケーション問題とかなさり、
過去・現在・未来と人間はそのタイプ別に、
それぞれの好みの会話を好むこと、
主として記憶のやりとりでしかないことを認知する。

選り好みをしている場合ではないのだが、
封印が解かれつつある。
急がなければならない。


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