貧しい者ほどよく喋る
どうあがいても
現実問題として
恵まれている人にとって
貧しい者と付き合うことは何の利にもなりません
むしろ
「頭が良いんですね」とか
「恵まれていますね」とか
他愛もないことを色々言われて
貧しい彼らの心の慰め者にされるのです
人間は自分より劣る者を相手に喜びを得やすいのです
あるいは自己否定によって自己肯定と一緒に安心を得るのです
それが東洋人の民族性でもあります
そして貧しい者は貧しいがために
軟弱者が多く生まれ
自堕落な者が多く生まれます
彼らは慰めを必要とすることが多いです
そのために裕福層の間では
家柄、環境、血筋等を警戒して
「友人は選ぶように」教えられるのです
どこかで聞いたことがあるかもしれません
成功哲学も同じような言葉があります
マイナスとは付き合うなと
誰も言わないけど無くならない差別の真実
善悪を度外視した損得の駆け引きは
そうして人と人の間に善悪をつくりあげます
そうして私たちは競争社会の中でいつしか
人間の創ったものが何もなかった大自然に囲まれていた時から
理想の実現のために
そういった論理が根ざす必然を選ぶようになりました
自己責任の元で皆学びが足りないのです。
我々は賢くない者を相手にすることを
自然と嫌がるようになりました。
事実として人間は、
真実を知る者を遠ざけることで死ぬことの恐怖を克服したがる物なのです。
そうして
いつしか私たちは
無神論者に対する憎しみの心を利用されて
心の貧しい者を相手にしなくなりました
多くの人に完璧な人間であることを求めても非現実的です
君子危うきに近寄らず
実際に犯罪は貧困から生まれ
政治的な犯罪と社会的な犯罪は裕福から生み出されます
けして口には出しませんが
無神論者であればあるほど
感情や情緒や欲望に支配された
裏切りゲームの中で全ての生物的活動が行われています
だからこそ心の豊かな人たちは
あるいは信仰心豊かな人たちは
話をしても通じない神様の話をすることを辞めるに至りました
幻想だと思われるか差別されることで終わる結果が多すぎたのです
一般人で不幸の道を歩いている人は
間違った洗脳教育を受けているからなのですが
そこは教育と社会の問題であることなのですが
「貧しさ」が何なのかを理解できていないのが
私が指す貧困層とは「愛を知らない者」であって
キリストを知らない者であります
あらゆる支配層や権力者などはその身分に関係なく
無神論者である場合、
人間が何にでも飽きる性質を理解しないまま
社会的な価値観あるいは欲望によって、
家庭という絆を大事にしなくなっています。
文明から起きている文化的な綻びも大きい。
いつまでも若さを保ちたい
美しくいたい
羨望されるような生活をしていたい
なにかもがwant
私たちはいつの間にか
何もなかった自然世界の中から
人間の想像力や発明で造ってきた物の中で欲に埋もれているのです
それが文明が汚物である教えの真理です、目を曇らせるから。
実は欲望のコントロールや社会的な価値観によって持たされる神経によって
それを意識して生きているだけなのです
男性も頭悪いから独身女性を憐れんでばかりはいられない
とやかく言えないが
男性の方が論理的思考能力に優れている分
男性がしっかりしていなければ女性の欲に振り回されます
それが陰陽でありました
仏法は倫理でありました
現代女性は知的な人も多いし優れた政治家もいます
だけど世の価値観が混迷と混沌をつくりあげていく時
大衆統制の面では男の強化が必要だと思えてしまいます
いびつな現実が創られていく時
私たちはその方向修正を行わなければいけません
大人 であるならば
誇りと責務を担うべきです
貞操観念が崩された時は特に
東洋世界は大きな離婚社会へと変わっていきました
神から離れてしまうアメリカも似ていますよね
その社会問題時代は現在進行形です
皮肉なことに
ソドムの町はいかに滅ぼされたか
皮肉なことに
教会がある限り、彼らは見守っていてくださるのです
実は離婚に至る人たちの簡単な理由は
その人たちが知ることのない知能の中で
生物的な欲求のゲームの中に身を投じているから
冷めたら終わる情熱の中で溺れていることです
だから狼に狩られる羊のような人生を送るの人が多いのです
かれらは時に 売女 と蔑まされたり
ケダモノ として非難されるようなことが起きています
敗戦前の日本は大人社会や創られた国体によって護られていました
敗戦後の今は自分で自分を守らなければいけない精神的自立を強いられています
主観が主ではなく、
個々人の個性に貴族する個々の時代なのかもしれません
真の自立は難しすぎる話です
伝わる人にしか伝わらないその別次元は
政治システムとさえ対峙できる自立とは神から離れることのないことだからです
もちろん民主主義が現時点ではもっとも人類に適した制度なのであります
しかし無神論者はただ論理の一面をとって
争いの中で社会の根本である様々なことを崩そうとします
サイコパスな犯罪者はその中で生まれてしまいます
大事なことを知らないまま生きている人は
本当に無駄口を叩くことが多い
もしくはまったく無口になり
自称文明人は、仕合せから遠のいていきます
彼らはその曲がった心から
信仰心に対して悪口を言ったり
宗教者を虐殺することで死ぬ恐怖を誤魔化したり
神に対して怨みをもったりするものだから
いの日からか
貧しい者ほど主張が多い
と
相手にしないような防衛策をとられるようになりました
貧しい者ほどよく喋る
悲しいけど皮肉の言葉だったんです
なによりも厳しい現実の中で
神に祈ることを欠かさずになおかつ
絶えず努力することを怠らない神の子たちがいることを
知ることのない人にかける言葉は虚しく空に散ります
だけどそれでも死に向かいあう人や
敗北した者に対しては救済措置としてクリスチャンによる福祉活動が行われています
だけどそれは慰めのものとされる危険を孕み
一長一短
貧しい者ほどよく喋る
哲学と方法論と自己防衛策
だけど解決すべき政治に対する時
喋らない者ほど貧しい
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