火焔山の闘い

ここでは、「 火焔山の闘い」 に関する記事を紹介しています。

有と無、現実と幻想、偶然と思い出、
およそ全てのことに何らかの意味が重なってくることが続いていました。

私の力によることではありません。
悪意のある力による出来事でもないと思います。


牛年だ。
だから牛魔王と結びつけていた。ただの比喩や予測でした。
ところが、火焔山のエピソードには注意すべき点があります。


【西遊記に出てくる火焔山のたたかい−】
旅を続ける三蔵法師一行は、目の前に聳え立つ火焔山の炎のせいで先へ進めずにいました。
羅刹女の持っている芭蕉扇を使えば炎を消すことが出来る、と知った孫悟空は羅刹女の所へ扇を借りに行きますが、息子の紅孩子が以前孫悟空に打ち負かされたことのある羅刹女は、扇を貸してくれません。術を使ってやっとのことで扇を手に入れるも、今度は夫の牛魔王が襲ってきます。
そんな苦難を乗り越え、火焔山の炎も消して、三蔵法師一行の旅はまだまだ続く…というお話です。




火焔山は人権問題や独立問題で話題になっているウイグルにあるんです。


西遊記で牛魔王と孫悟空が芭焦扇を巡って戦った火の山のモデルとされており、ウイグルの人々はクズルターダ(赤い山)と呼び、トルファンのシンボルとなっています。火焔山の最高峰は標高850mらしい。山と言っても一つの山ではなく、赤色砂岩でできた赤い岩肌が100kmに渡り屏風のように広がっています。火焔山の山肌には荒々しいシワが刻まれており、長い年月にわたる地殻変動と風雨による侵食によって作られました。今でこそ極端な乾燥地帯ですが、その昔にはこの土地にも雨がよく降ったようです。この地域では最高気温が48℃にも達し、陽炎が立ち上ります。



芭焦扇は燃える山を消す大風と雨を降らせる扇です。芭焦扇の持ち主は牛魔王が預けた羅刹なんです。しかし牛魔王と芭焦扇のことは忘れていたので、持ち主は亀仙人で良いのかもしれません。

羅刹天(らせつてん、Skt:Rākṣasaの音写)は、仏教の天部の一つ十二天に属する西南の護法善神。羅刹(らせつ)とも言う。ヒンドゥー教に登場する鬼神ラークシャサが仏教に取り入れられたものである。


羅刹とは鬼神の総称であり、羅刹鬼(らせつき)・速疾鬼(そくしつき)・可畏(かい)とも訳される。また羅刹天は別名涅哩底王(Nirrti-rajaの音写、ラージャは王で、ねいりちおう、にりちおう)ともいわれる。破壊と滅亡を司る神。また、地獄の獄卒(地獄卒)のことを指すときもある。四天王の一である多聞天に夜叉と共に仕える。


身に鎧をつけ左手を剣印の印契を結び右手に刀を持つ姿で描かれる。全身黒色で、髪の毛だけが赤い鬼とされる。羅刹の男は醜く、羅刹の女は美しいとされる。

男と女があり、男を羅刹娑・羅刹婆(ラクシャーサ、ラークシャサ、ラクシャス、ラクシャサ、ラクササ)、女を羅刹斯・羅刹私(ラークシャシー)・羅刹女(らせつにょ)と呼ばれる。また羅刹女といえば法華経の陀羅尼品に説かれる十羅刹女が知られるが、これとは別の十大羅刹女や八大羅刹女、十二大羅刹女として、それぞれ名称が挙げられており、さらに孔雀経では72の羅刹女の名前が列記されている。



ここにヒンズー教が出てきます。バレンタインデーを祝う人を攻撃するというのは本当でしょうか。本当の野蛮とはどういう意味でしょうか。因果応報を本当に解くのであれば、不幸が何から生まれるのか科学的に解っている時代じゃありませんか?神の否定に必死になる無神論者相手に憎しみが生じそうになりますが、与えられる恵みに気づいてほしい。


嘘つきは神の怒りを買うかもしれません。しかし無神論者の嘘でさえも幻想や空想でさえも偶然の中に巻き込まれていくように感じます。


それから牛魔王を倒さなければいけないようです。フライパン山に住む2mを優に超える大男で、亀仙人の2番弟子。かつては、各地から金銀財宝を奪い、自分の城の財宝を狙う者をことごとく殺害。武道界と裏社会でも名が知れており、「悪魔の帝王」と呼ばれ恐れられていた男のようです。



そして中国のずるさとは、サタンによりかかるものの慎重さとは、


「鶴と亀」亀にいたずらしていた鶴が最後は亀に仕返しされる、という単純な無声劇なのですが、繊細な動きや緩急、そしてコンビネーション…中国の十八番だろうなと頷きの作品でした。



全てたまたまです、偶然です。だけどその中で事実が示されいくように思います。


鶴は千年、亀は万年という決まり文句があります。
1000年というのは聖書にある救世主と繋がりがあります。
10000年というのは社会主義の実現には1万年かかるという繋がりがあります。とっくに平等な国ではなくなってますから、1万年待てというのは詭弁ですね。


文字通り、救世主が社会主義や共産党を苛めているような内容がありました。
保護しているつもりなので覇権主義や畜生独裁主義を止めたいだけなのですが、
批判される相手はそう思っていないのでしょう。


欲のある人間が欲のない人間を計ることは困難すぎるようです。


だから中国からの仕返しには注意しなければいけません。
そして注意すべきなのは私だけではないようです。

自分の利だけを追う権力ならば治し様がないのかもしれませんが、繊細な動きや緩急、そしてコンビネーション。中国の謀略には要注意。


死者の軍勢よ、契約に従いなさい。中つ国に希望と光を持たすためにも、私はレンジャーから王に戻ります。自分の人生は自分の意志だけで適当でいいはずなのに。


下らなくも、面白可笑しい中、どうでもいい中で、
現実は、予言されてしまう事態になるその時に、
無神論者は未知との遭遇に悩まされるのかもしれません。


衣服さえも、器や建物でさえも、神に与えられた知と欲望によって創られています。
今年は美女に気をつけることと、牛の意味に気をつけなればいけないようですね。


金牛宮を守っていたのは日本人でした。インド人は、敬っている神々が正義の女神を守ることを知らないのでしょうか。そしてそれは次元を超えて、現実や空想さえも超えて、唯一絶対の神に従わされているのです。


邪悪な神が存在するなんて思いたくありませんが、邪悪な間違いが神の義の反する時、真に賢い者たちは追い詰められることから現実主義の闘いに巻き込まれていきます。


教育は問題です。そのことに気づくことができる時に、国境のいらない世界と差別のない世界と平和の実現が可能なのでしょう。


神の名をみだりに唱えてはならない。


「ロン、平和のみ」
そのメッセージは、策略によるものか危険を知らせるものであり、
悪意による誘導でないと良いのだが、断定できない。



隠れるサタンのその賢さを、
科学的に、具体的に追い詰めていきましょう。

滅びの上に座する愚かな物が、間違いを犯すその前に。



ブログランキング・にほんブログ村へ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://lufeng29.blog108.fc2.com/tb.php/212-0e5348ed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック