どんな聖なる物でも
人間はそれを破ってしまうし
分裂を起こしてしまう
その理由は神に遭遇した者以外は
神を信じきらないから
それに信仰の対象が上司等の人間であるほど、
そこに生じる権力に反発しようとします。
そこに経済的な搾取があればなおさら不信感が募ります。
非宗教人にとっては、信者の盲信ぶりも困ったもんです。
今日あったことは
風が教えてくれたことですが
「また約束を破るのね」
「もう信じられない」
と
たしかに信仰を破るような誤解や
信仰に対する解釈の違いがあって
どんなに聖なる物を神が与えても
人の手に渡れば清さを失いますから
または権力の道具にされますから
「もう信じられない」という気持ちはわかります
しかし
野性を克服するための根本が
そんな言葉に含まれていると思います
本来、契約というものは
人と神の間でなされるものであり
門外不出のものだから
そのために契約者たちは
古代から門外不出の法をもって部族を治めました
時代をおって
古来は契約の民の掟として
その次の時代には聖書を聖職者のみのものとするように
他者を通して、利用し利用されながらも
聖なる言葉を残すように計らってきました
しかし
万人に聖書を解釈させ
万人が聖書を利用するようになった結果
悪をもって分裂する者はなにもかもを利用して
支配と搾取のために理論を用いようとします
宗教は麻薬だと解釈する者もいますが
概ねその通り
それが現実的です
いいかげん
多面性に対応すべき時代に突入します
人の脳に植えつけられた原則を
更新すべき時代に突入します
生物には限界があるように
長い歴史や新しいプロセスを刻み込むよりも
ハードが帰られないのなら
応用できるソフトを
信仰、を取り上げられた日本人が良い例ですね。
多くの日本人は仮面人格の上でしか信仰を持ちません。
基盤から変えられる契約の民は
過酷な秘薬を期待させられています
宗教は剣で有り、鎧で有り、馬であります。
宗教は麻薬である一面もあるけど、
そもそも宗教は学の一つであるわけです。
なにしろ、
神も悪魔もいないと思わせるのが悪霊の知恵。
分裂をおこした者の罪は重い。
ちなみに
このブログが大きなパズルのピースであることを知っている人は
自己紹介の写真が
女 又 心
怒りという絵文字であることを知っています
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