人間は全て多重人格者である

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自我の所属は?という話である。

最近増えている鬱病やソウウツ病とか境界性人格障害という言葉のような、精神疾患とされる脳とか神経の病気になる人が増えている。

だが実は、こういった病気をする人に問題や障害があるのではなく、本当は社会に問題がある。特に戦後の低脳教育に起因する精神教育の欠如が強く、根本的な病巣はそこにある。

人間は複雑な生き物である。

何か物事を単純に善か悪と一方的に決め付けるのは子供の行いである。だけど戦後から徹底的に勧善懲悪的な単調理論教育が日本人を支配してしまった。理論構造の破綻した非理論教育が施されてきたのだ。敗戦国だからそれまで信じていた事を全て曲げられてしまった。

理論破綻した教育を施したゆえに、日本人はかつも持っていた能力、全ての物事を繋げて考えることができなくなってしまった。あらゆる学問の上で言われる、想像力の欠如とか思考力の欠如である。心の病気の病因の一つとなっている。なぜなら、思考回路の問題が脳や神経の病気に繋がっていくからである。神経に作用して関係しているからである。人間の脳神経は嘘が多いと回路が纏まらないのだ。これは真理のことである。


歴史的に見ればこういった現代は社会病であり、複雑な人間の精神を知りえない程度の低い教育が原因でおきた流行だと解釈できる。人間が複雑怪奇な生き物であることを隠そうとする教育が、真実を無視する現代社会が社会病を造っている。だが、これは未来からの評価となるのだろう。

我々の祖先は八百万の神々を信じていたように、ありとあらゆる存在の繋がり、社会国家の繋がりを感じることができ、そこに自身の人生を置き、時代と供に歩める真人間だったのである。文明開化以後の日本の姿だったはずだ。そして戦争当時の世界は、特にアジアはほぼ全域が植民地されており、そのために帝国は必然と軍国主義へ流れた。暴力や軍事力の前では、全てが無になるから、世界中の国々が未だに軍隊を持ち続けるのもあたりまえの話である。

そして今は、日本は敗戦国である。だから色々と問題を抱え、世界の真実や歴史の真実を知りえないように、人間の複雑さや有能さを発揮できないように徹底的なマインドコントロールを施されてきた。歴史上、欧米人に反抗した唯一の優秀な黄色人種として、遠い未来にやっと世界中で畏怖に似た感情を抱かれ尊敬されていくのかもしれない。アジアの国々から未だに尊敬されてる国ではあるが、特定アジア(中国韓国)に支配されていく中で、その事実すら知らない日本人が増えてるのは悲しい話だ。しかし今は、支配され搾取される側であるということを経済構造から知るべきだ。


日本人はかつてとても優秀な民族だったのである。考える頭に秀でていたからである。何でも取り込み、社会を発展させていった優秀さのある民族である。江戸の城下町は世界に類を見ない大都市だった。実は敗戦国だから頭脳の優秀さをまず取り上げられたというのが歴史の闇事情だ。精神構造や思考の過程において、この取り上げられた尊い真人間としての精神欠如が現代病の病巣となっている。

三国人による精神攻撃は未だに途絶えることがない。多くの人が「戦争=悪」とパプロフの犬になるよう押しつけられた教育や社説を強いられてきた。今の日本人のコミュニケーションと社会性は造られたものである。汚職が蔓延する世の中になってゆくとんでもない真実である。

だが、希望もある。
それは日本の政治家の後ろに、かつて数千年も行き続けた日本の心、日本の良心が控えているから希望もあるにはある。


我々人間は、

複雑な生き物である。

我々人間の脳は、多種多様な思考回路を育成し備えることが可能で、矛盾すら抱えこんで、喜怒哀楽すら偽ることができるのに、悲しいことに現代人の脳は単純化、知覚反応化され、思考力が低下している。

その原因の多くは、嘘を教えられているからなのだ。

現代っ子は多種多様な思考、多角視野をうまく整理することができないのだ。思考の領域は脳そのものの性能差がでてくるが・・・しかし思考の多様さが人格形成の障害となっているというのが、今の社会通説とされるいる病気等の実態である。

人格形成の障害?病気?治らない?バカヤローが。処理できない状態を指して障害という表現は可笑しい。脳は回路が狂わない限り脳そのものは正常である。実は病気とか障害なのは、人格の方に問題が出ている。個体・人間としての出力装置の方である。

実は、たくさんの知識、たくさんの考え方、勉強や様々な体験により脳が成長するにもかかわらず、これを動かすための回路である性質や人格と結びつつかなくなってくるという状態だ。社会が病んでいるから、場違いみたいに精神を引き出せないのかもしれないが、実は思考をまとめてるはずの人格が、知識や思考に圧倒されて混乱してる状態を指して、精神病と片付けるケースが多いのだ。そして精神疾患とされる病気の治療はとても困難とされ、荒治療や放置を余儀なくされる。

本当のところは、

脳神経の破損以外の心の病気は、病気とは言わないのが正しい。「病気を治す」というより、「一歩成長すれば治る」脳の話なのだ。長く書きたくないし一つの辞典になるほど情報量が必要なので後日にするとして、

簡単に言えば、思考回路(神経)の複雑さに、自我・エゴ(人格)が耐え切れなくなってるのだ。ただそれだけの話である。自我・エゴ(人格)の容量(許容量とか認知量)では、豊富すぎる情報に対応しきれなくなってる。そしてそういう患者に多いのが、我を失いがちになるという状態が多い。人格形成の過程に間違いがあった場合、脳は必死で整理して正常であろうとする。それが何かショックをうけるような出来事を通したりなどと、我の形成を壊したりする状態になる。

それが欝や人格障害や失調症である。よほど、偽りの人格形成がされていて、思考の主回路が損なわれるほどショックを受けたり、ぶっ飛ばない限り、実は単純なことで治すことができるのである。

それは、人格を再形成するように、一つづつ、少しづつ思考整理と価値観整理していけば、
もちろん人格変化に向かってるわけだけども、複雑になった脳の状態が又まとめられば正常に戻る。


何か心に傷をおって、病気になるという人と、異国へ旅して、人生観が変わったという人と、カルチャーショックなんかって実は大変似ている脳への衝撃なのである。
アマゾンの奥地で暮らしたり、戦争へ傭兵で出たり・・・・


全てが進化し、時間さえも流れてゆき、絶えず物事が変化していくのに、
人間は変わらないということはない。変わるということを否定するとこれが理解しにくいだろう。
精神疾患とは実は変化の兆しとして見るべきことなのだ。中には脳の回路や神経がぶっとんで治りにくいケースもあるにはある。

だが、理解してほしい。1から、幼少時の記憶から、少しづつ、回路の修正を行っていけば良いはずなのだ。失調症の類はまさに原点回帰を必要とする。


精神疾患とは縁の薄い人に共通するのは、例えば、人間形成の基本に「押し付けられてない神への信仰」や、「大和魂」を充てて仮に人格統括しまとめている家庭等では比較的健全な人間が育ちやすい。精神を患うことが極端に少ないのだ。それは視点がブレにくい正しさと、変化を認める寛容さを、信仰心によって代理して整理できるからだ。無宗教な現代人は、こういった我の支えが弱小で壊れやすいからすぐに生きている意味を失う。


人間の複雑さとは、

どんな善人でも残虐性を持っているという事実とか、

どんな清い人でもどこかで変態性を備えているとかで、

人間は元々全ての性質を持てるように創られている認識である。

犯罪者とそうでない人の心の差だって紙一重だというのは心理学ではありふれた言い方であるし、どんな人間でも真剣に望めばその性質を変えることが容易である。

何が精神疾患だ?

低程度の思考の領域から解釈する教育論が、人間の残虐さや悪を単純否定しすぎてしまい、そういう狭義的な教育に囚われてしまってるから、現代人が古代人よりも猿に近い動物に退化しそうになっているだけなのだ。

大人になれない大人が多い現代社会は、そのサンプルで満ち溢れている。


戦争は絶対にやってはいけないとか、

だけど世界中争いに満ち溢れている。

侵略は絶対だめだとか日本が悪かったとか、

だけど世界はひどく不公平なままである。

教える側の精神が酷く狭く幼すぎれば、

育つ人間が単純、低脳になってくるのもうなずける。

頭(あたま)が良いとされる左脳教育、刷り込み教育暗記教育が生んだのは、
低脳とされる、理論破綻する左脳思考者ばかりになってしまった。

左脳思考なんてのは脊髄反射のような暗記思考でしかない。
物事の繋がりや世の中の繋がり、
それらをまとめた上で正しさを判断するための思考力がないのが左翼だ。
現実を繋げられないのだ。
だから理論がまとまらない。
一貫性がない。
だから理論破綻する。
だから洗脳されていると言われるのである。
それはもう人間として成り立っていない。
もちろん正しいわけがない。


我々人間は善でも悪でもあり、
創造者でもあり、破壊者でもある。
愛されなければ、時には憎み、
満たされなければ、奪うことがある。

人間の脳の容量は、
様々な人格を備えもてるほど広く深いのである。たくさんの思考とたくさんの選択がまとまっていて、一つの人間として成り立っている。人間の脳には、見える全てが収められて保管されている。いつ、なにが引き出されるか解かったもんじゃない。一人の人間の脳には数十億通りの人格になれるほどの内容がつまっているのだ。

明治維新以後の日本は、伝統と文化を大切にしてきた流れから、精神が肉体を支配できていたのだ。かつての日本兵は魂で戦っていたと言われるほどに強靭な精神をもっていた。
今の日本人こそイエローモンキーにされているのである。

脳の覚醒だって、そういった何かが引き金となって活用してない部分でさえも活用するようになるのである。刺激しつづければ面白いほど人格が変化してゆく。
人間は動物である。生まれては死ぬる。変化は必然である。

観念から見直すが良い、
自我を見直すが良い、
我こそは、
生きることとは、

我らは大和の魂である。


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