祖母は長野県民の満州開拓民であった。
歳は88ほどになる。
第二次世界大戦終戦当時は二十歳前後。
祖父は戦死してしまい、
長女が五歳になる三人の娘を連れて引き上げることができなかった。
娘を売り飛ばされそうになるとか、ロシアの戦車に追われるとか、
絶対に死ねない想いで
中国人に保護してもらい、中国人に嫁ぐことで生きた。
幸いなことに第二の祖父は優しいばかりの孤独な男だった。
子供を怒ることができないほどの優しいだけの人だったと言う。
その男との間に6人の子をもうけている。
そして二十数年大陸で暮らし、
祖父が亡くなって後、機会が訪れて帰国している。
叔父叔母の大数が大陸育ちである。
全員が親想いであることに変わりは無いが、
病室で大勢の子供が祖母を子供扱い、ボケ扱いしたりの中、
一番上の叔母だけが祖母を人間扱いできている。
何をするにも、祖母を立てているのである。
以心伝心、
思いやる、他人の立場になって考える、
他人の立場になることが難しいのが大陸育ちである。
物分りが悪いのである。
中国育ちとは、中国人とは随分身勝手で単細胞な人種なのだと痛感する。
病室なので、誰彼を問いただすことはない。
皆が子供なので、問いただす必要もない。
皆がそれぞれの形で祖母に愛情を向けているのは理解している。
私が彼らに理解される域でないと思うと不憫である。
ボケてない時の祖母が昔話を始める。
未だに同じ長野県民の祖父の遺影を大事にしている。
他の祖父を見たことがない。
自分の子だから全て大事にしてるとは思うが、
この時期に祖母が戦争中の話をする心情を、
理解できてる大陸育ちは少ない。
「愛国心」を軽蔑した言葉を吐き、
「日本鬼子」という中国語が飛び出した時、
私の心は、祖母の心に涙した。
細かいことは気にしない長野県民かもしれない。
私の心の中では英霊が涙を流しているように思う。
中国人の精神レベルがなぜ低いのだろうか、
中国の教育の悪、しいては中国社会が悪であり、
明治維新以後の日本国民の精神文化は、
世界随一のレベルに達していたのではないだろうか。
観念から見直すが良い、
自我を見直すが良い、
我こそは、
生きることとは、
我らは大和の魂である。
祖母は老衰状態で胃腸炎と気管支炎を患っている。
皆が回復を願っている。
もっと長生きしてほしい。
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